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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(マ)25号 判決 1956年9月18日

京都府綴喜郡八幡町大字橋本小字中之町二三番地

原告

行徳正夫

被告

右代表者法務大臣

牧野良三

右当事者間の売春防止法無効確認事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

原告は、「一、被告は原告に対し昭和三十一年法律第百十八号売春防止法は憲法違反たる事実を認め之が無効なることを確認せよ。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因とするところは別紙訴状記載のとおりである。

しかしながら、わが現行法制の下にあつては、裁判所は当事者の具体的権利関係を離れて抽象的に法律等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有しないこと、昭和二七年一〇月八日当裁判所大法廷判決の判示するとおりである。そして本訴が、原告の具体的権利に関係なく売春防止法の違憲を主張しその無効確認を求める趣旨であることは、別紙訴状の記載によつて明かである。このような訴は、これを不適法として却下せざるを得ないのである。

よつて、民訴二〇二条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

訴状

京都府綴喜郡八幡町大字橋本小字中之町弐拾参番地

原告 行徳正夫

被告 国

法務総裁 牧野良三

請求の趣旨

一、被告は原告に対し昭和三十一年法律第百十八号売春防止法は憲法違反なる事実を認め之が無効なることを確認せよ。

一、訴訟費用は被告の負担とする。

請求の原因

一、昭和三十一年法律第百十八号売春防止法は社会秩序の確立及福祉を増進する趣旨のもとに立法化された法律であるが、これが実施に当つてはその内容が一部国民(風俗許可営業者)の基本的人権を蹂躪し、国民の当然受く可き権利を無視したものである。売春防止法は国民の世論により立法され、我々国民の代表者が国会に於て可決した国汚を一掃する法律であるので、国民は国民の義務において法を尊守しその施行の一日も速かなることを願ふのであるが、立法可決された法律の内容に於て憲法が国民に保障する基本的人権を永久に侵している。

一、すべて国民は法の下に平等であるのに売春防止法は不平等である。何故なれば売春婦に対しては之を罰しないのみならず保護を加へるのに反し風俗許可業者(特定地域にて営業をする)には之を厳罰を以て臨むと云ふ。憲法第十四条は国民は全て法の下に平等であるのにもかかわらず、営業者と売春婦にはそれぞれ異なる処置が施行される事が明記されている事実は法が同一国民であり平等である国民を差別的にあつかつたのである。政府は売春婦に対しては終戦当時性の防波堤とか亦日本婦女子の性の犠牲者と云ふ美名のもとに次官通達(昭和二十一年十一月十四日私娼取締並に発生防止及保護対策)の忠実なる履行を迫り之に対して忠実な履行者として栄誉を認め恩典を与へたのであるのか、であれば業者も「亦然り」と云ふ可である。すべて国民は法の下に平等にある可である。

一、国民は健康で文化生活の最低限度を営む権利があるにもかかわらず売春防止法は業者の営業継続を不能ならしめ転、廃業に対しては何らの保障もなく、最低の文化生活を営む権利を無視している。売春防止法の施行は戦前の公娼制度廃止にともない次官通達第三条備考に依り指定された特定の地域のみに定められた業者並に売春婦は公衆衛生の見地より性病予防法を尊従し性の防波堤となり婦女子の犠牲となつた。業者は風俗営業許可を受け特定の地域のみに認められ亦売春婦は自主稼業として好む女子のみ従業婦として、その稼業が許容されたが、売春婦防止法は許可された風俗営業の内容を認めず且処罰することとなつた。それは営業の継続を不能に陥入れ、反面「やみの女」の増加を計り売春を猶一層助長し公衆衛生の立場からも性病予防法を無視し社会の福祉に反する危険な法律と見做す。亦業者の営業継続を不能に陥入れることは憲法第二十五条に違反し国民が最低限度の文化生活を営む権利を除外するものに外ならない。

一時は性の防波堤とし、亦日本婦女子の犠牲として利益を度外視し苦難の途を重税に追れて国税の滞納と借財が山積している現状は義務以上の良心で国家経済に協力し亦貧民救済に大きな犠牲者であつたと言ふ事を立証する以外の何ものでもない。

一、財産権はこれを侵してはならない。売春防止法は公共の福祉のために存在さす法律であるがこれが施行に当つては有形無形の財産を侵害したるにかかわらず補償の一切がない。

売春防止法が何十年何百年の昔より国慣習により亦必要な社会施設の一端として祖先より継承した有形の財産及無形の財産(店舖料見積額)を水泡に帰しあまつさへ善良な国民をして今日まで納税の義務を果した権利も認めず少しの補償もなく且その施設及経験と能力を他の公共の福祉のために充当する方策もない。これは明らかに憲法第二十九条の違反である。

一、故に善良なる国民の一人として憲法第九十八条に定めたる通り最高の法規に反する法律としてその行為全部はその効力を存しない事実を確認し国民の権利を行使し憲法第三十二条に基き最高裁判所の良識者諸氏に公平な御判決を仰ぐ次第である。

昭和卅壱年八月 日

行徳正夫

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